デジタルものづくりのプロフェッショナル達がこだわる高負荷処理とハイエンドデスクトップワークステーションのメリット

製造業のエンジニアたちが特にこだわる高負荷処理にフォーカス

ワークステーションもモバイル型が主流になりつつある昨今、デスクトップ型のハイエンドワークステーションにはどのようなメリットがあるのか。また、製造業のプロたちは実際にどのような場面で「デスクトップ型ハイエンドワークステーションでなければならない」と考えているのか。

デスクトップ型のメリットとして一般的には、高性能で拡張性に優れていると言われるが、実際にはどのような場面でこれが活きてくるのか。例えば、具体的にどんなソフトウェアのどんな処理にCPUコア数が重要で、どんな処理にはGPUが必要なのか。

そんなワークステーション選びの際の疑問に対する答えを、今回はLenovo ThinkStation P620の検証を通して紹介する。

太田 明

デジプロ研 CAD / CAEコーディネーター

世界をリードする「NVIDIA」

NVIDIAを採用した製品は、プロフェッショナルのあらゆるワークフローを加速するように設計/開発されており、多くのクリエイターや技術者に選ばれています。

検証機器とソフトウェア

今回検証に使用したのは、AMD Ryzen Threadripper PRO搭載で、最大2枚のNVIDIA Quadro RTX 8000まで搭載可能なLenovoのハイエンドワークステーション ThinkStation P620。CPUはなんと64コア128スレッドのAMD Ryzen Threadripper Pro 3995WX。GPUは比較のためNVIDIA P1000と NVIDIA RTX A6000の2パターンを用意した。

比較対象としては、筆者の手元にある普段使いのIntel 11世代CPU搭載の他社製クリエイター向けノートPCを使用する。スペックを見れば分かる通り、購入1年以内のこれはこれでかなり高性能なモバイルPCであるため、果たしてどのような結果になるか楽しみだ。

検証機器

検証機No.0No.1No.2
CPUIntel Core-i7 1185G7AMD Ryzen Threadripper Pro 3995WXAMD Ryzen Threadripper Pro 3995WX
物理コア数46464
GPUIntel Iris Xe GraphicsNVIDIA P1000NVIDIA RTX A6000
OSWindows 10 ProWindows 10 ProWindows 10 Pro
メモリー32GB DDR4-3200MHz128GB DDR4-3200MHz128GB DDR4-3200MHz

ソフトウェア

ソフトウェアは、いずれもデジタルものづくりを実現した製造業のエンジニアが使うプロフェッショナルグレードの3D CAD・CAE・CGツールであるInventor、 Inventor Nastran、 3ds Maxの三つを使用した。

  • Autodesk Inventor 2023

  • Autodesk Inventor Nastran 2023

  • Autodesk 3ds Max 2023

3D CAD性能

まずは1番使用頻度もユーザー数も多い3D CADの性能について、3機種を比較して確認してみる。

Inventorのベンチマークツールは幾つかあるが、今回は特に大規模アセンブリ性能を精度よく測定できるInv MARKを使用する。Inv MARKを起動するとまずハードウェアのスペックが読み取られて表示される。その後、どのテストを実行するかを選択し実行すると、Inventor上にそのテストに合ったさまざまなモデルが表示される。

図1は最初の大規模アセンブリのグラフィック性能を測定している画面であるが、生産ラインのようなかなり大規模なモデルがグルグルと自動で回転する。

図1:大規模アセンブリのグラフィック性能を測定している画面

その後もさまざまな動作が自動で実行されるのを眺めること数分、結果が図2のような画面で表示される。

図2:Inv MARKの結果

Inv MARK

  • Inventorアドイン型ベンチマークツール
  • Inventorの大規模アセンブリを自動で実際に操作することで、各操作に必要なさまざまなスペックを正確に把握できる。

早速結果を見てみよう。サンプルであるクリエイター向けモバイルPCのNo.0に対し、ハイエンドデスクトップワークステーションであるP620のNo.1(P1000)とNo.2(RTX A6000)は、全項目で優れていた。

特に鋳物製品のような複雑な形状のモデリングを想定したMODELINGの項目は、その差が顕著である。また、大規模アセンブリを回転させるGRAPHICSの項目もグラフィックボード搭載のP620の2機種は大きく性能を伸ばしている。なお、RAYTRACINGはレンダリングの性能を示す項目であるが、GPUがCPU内蔵グラフィックスであるためかNo.0では実行できなかった。

P620のハイエンドデスクトップCPUとGPUは、モバイル向けのそれと比較してInventorの各スコアで大きく有利になることが実証された。特に、大規模アセンブリや複雑な鋳物製品、金型分野、一つの製品自体は大規模でなくてもバリエーションの多い製品に関わる設計者にはぜひ参考にしていただきたい。

図3:Inv MARKのスコア

Inventor 2023 リアルタイムレイトレーシング

Inventorには、CADの設計画面上でそのままフォトリアルな製品画像を作ることができる「リアルタイムレイトレーシング」機能がある。CG用のアドインや専用の環境に切り替える必要なく、モデリングしながらレンダリングが同時に行われる。デザイン重視の製品を設計するユーザーには画期的な機能である。

これが最新バージョンであるInventor 2023では、これまでCPU計算のみだった同機能にGPU計算が選択できるようになり、さらに選択肢が広がった。ただし、GPU計算を行うには、対応した型式のGPUをハードウェアとして備えている必要がある。

検証結果を見てみよう。No.0のIntel Xe(CPU内蔵グラフィックス)やNo.1のQuadro P1000は、GPU計算に対応した型式のGPUではないため、GPU計算はできなかった。

ここではCPU計算の例としてNo.0の結果を見てみよう。モデルが大きいこともあり、結果は169sという結果だった。ソフトウェアとしては「リアルタイム」に処理するアルゴリズムになっているものの、残念ながらこのモデルとハードウェアとの組み合わせではリアルタイムとは言い難いほどの計算時間上の大きな課題があることが分かった。

一方でまさにこの課題を解決するために、新たにInventor 2023にはGPU計算機能が実装されたとも言える。では、そのGPU計算のNo.2を見てみよう。RTX A6000はGPU計算に対応しているため、11sと圧倒的に短い処理時間となっている。

図4:レイトレーシング処理時間

ところで、CPU計算のフィニッシュ時とGPU計算のフィニッシュ時では画質の違いがある。もちろんCADのインターフェイスから設定できる全2項目のオプションはテスト時に合わせているのだが、現在のところCPU計算とGPU計算では根本的なロジックの違いか、フィニッシュ基準などの味付けの違いがあるようだ。

ただ、ユーザーとしては、早くキレイな画ができればそれで十分であり、CAEとは違ってCPUレンダリングとGPUレンダリングの整合性は重要ではないだろう。一方、画の好みや製品との相性もあると考えると、CPU計算とGPU計算のどちらも可能なP620の存在は大きい。

図5:No.0のCPUレンダリングのフィニッシュ

図6:No.2のGPUレンダリングのフィニッシュ

構造解析のメッシュ生成時間

現代の機械設計になくてはならない構造解析には、幾つかの計算時間がある。中でもメッシュ生成時間はモデルを変更するたびに更新が必要となり、また、ハード・ソフト両面から工夫次第で大きく削減できる部分でもあるため、設計者や解析専任者からの注目度は常に高い。

Inventor Nastran メッシング

  • Inventorの操作画面内でInventorより高機能な構造解析。
  • 使用CPU数の設定が可能。
  • 大規模モデルではメッシングに時間を費やす。

No.0とNo.2を比較した結果を見てみよう。AMD Ryzen Threadripperのメニーコアは大規模モデルのメッシング処理にも有利だった。

図7:Inventor Nastran メッシング処理時間

ただ、No.2の方が計算時間はそれなりに短かったものの、CPUコア数が圧倒的に多いのにも関わらず、それに見合うほどの大きな差にはならなかったとも言えるのではないだろうか。Inventor Nastranは複数部品を別コアで並列計算するロジックにはなっていないようだ。

一方、筆者の別の記事では別のCAEツールで圧倒的な差が出たこともある。すなわち、CAEのメッシングでメニーコアの恩恵を最大限受けるには、ハードに加えてソフト側の対応が必要であるということだ。そして、CAEは分野や用途ごとに複数のツールを使い分けるのが一般的である。

すなわち、Inventor Nastranのメッシングでは効果が大きくなくとも、別のツールのメッシングや、Inventor Nastranのマルチコア対応された「ソルバ」の方では圧倒的な効果が得られるため、CAE分野におけるメニーコアはやはり重要である。

逆に言えば、せっかくソフト側が対応しているのにも関わらず、ハード側でメニーコアを選択しないとなればそれは大変もったいない話である。デジタルものづくり分野において技術の恩恵は「ハード×ソフト」によって得られるといういい例にもなったのではないだろうか。

図8:Inventor Nastran CPU

3ds Maxによる流体シミュレーション

3ds Max自体は単体でCGのプロが使うツールとして有名だが、Autodeskの製造系ツール群や建築系ツール群にも同梱されており、今や3Dに関わる全分野で幅広く利用される存在となっている。CG系のシミュレーションやレンダリングは昔から高負荷処理の代表格であり、種類やニーズも豊富なため、マルチコアやGPUへの対応も早い傾向がある。

今回検証に使用する流体シミュレーションも当たり前のようにマルチコアに対応しており、手軽なのに高効率である。製造系のCAE分野よりも技術的に進んでいる点はうらやましい限りだ。

3ds Max 流体シミュレーション

  • 最も時間のかかるシミュレーションの一つ。
  • CPUの全コアを使うためマルチコア性能が効いてくる。
  • 流体が流れ出続けるケースなど、液体量が増えるほど高負荷になる。

図9:3ds Max CPU

結果は予想どおり素晴らしいものになった。サンプルのIntel第11世代CPU搭載のクリエイター向けノートPCに対して3倍以上の差をつけての圧勝(?)である。この分野で効率的にアウトプットを出すためには、やはりハイエンドデスクトップワークステーションがほしくなる。

図10:流体シミュレーション処理時間

まとめ

  1. 3D CAD Inventor 2023におけるベンチマークでは、複雑なパーツモデリングや大規模アセンブリのグラフィックスなど全項目においてハイエンドデスクトップワークステーションのメリットが可視化された。
  2. Inventor 2023 リアルタイムレイトレーシングでは、大規模なモデルでのCPU計算には計算時間上の課題が見えた。一方、GPU計算ではRTX A6000が絶大な効果を発揮した。
  3. Inventor Nastranのメッシングでは、Lenovo ThinkStation P620の実力を示したものの、より効果を得るにはソフトウェア側の対応も重要であるというよい例であった。
  4. 3ds Maxによる流体シミュレーションでは、比較対象であるクリエイター向けノートPCに対して簡単に3倍以上高速化できることが確認できた。

以上、製造業のエンジニア達が特にこだわる高負荷処理にフォーカスし、検証を通してハイエンドデスクトップワークステーションのメリットについてご紹介させていただきました。これらの内容が今後の皆さんの活躍のヒントになれば幸いです。

太田 明

3次元設計/CAE導入立ち上げコンサルタント、元半導体製造装置エンジニア

Inventor & Fusion 360勉強会、SBD利用技術研究会(SOLIDWORKS系CAEユーザー会)幹事のほか、SOLIDWORKSユーザー会、AUG-JP(Autodesk系ユーザー会)、CUG(土木系BIM / CIMユーザー会)などにも積極的に参加。ユーザー同士の学び合いを通して本当に使える3次元設計のノウハウを日々探求している。