イエイリ・ラボが提唱するITを活用した建設業の成長戦略 1

2018年 4月11日

建設業

東京オリンピックに向けて市場は活性化しているものの人は集まらず、建設業にとって先行きの見えない不透明な時代が続いている。国内外の建設業の動向を常に「一歩先の視点」から見つめ、最適解となる情報を発信し続ける建設ITジャーナリスト・家入龍太氏が、3次元CADとITテクノロジーを連携させた成長戦略を提言する。

家入龍太氏プロフィール

京都大学大学院(土木工学専攻)を修了し、日本鋼管(現・JFE)に入社。その後、日経BP社で日経コンストラクション副編集長やケンプラッツ初代編集長を歴任し、2010年にフリーの建設ITジャーナリストとして独立。株式会社イエイリ・ラボを設立し、公式サイト「建設ITワールド」を通してIT活用による建設業の成長戦略を追求する。

日本の建設業はITの恩恵から取り残されたままでいる

日本にはこれまでコンピューターやインターネット、デジタル機器などのさまざまなITテクノロジーが導入され、各産業現場の業務効率化に貢献してきました。しかし、建設業だけがいまだにその恩恵から取り残されたままでいます。もちろん1990年代にCADが導入され、設計業務はドラフターでの作図時代からだいぶ効率化されたのですが、施工現場での作業はいまだに人の手で行われ、建設機械が高機能化されても結局は人が操作しているのが実情です。

一方、同時期にCADを導入した製造業は、いち早く3次元モデルを活用してCAMへと発展させていました。3次元CADデータを後工程に伝え、工作機械のプログラミングから生産準備、製造・加工、検査・品質管理までのプロセスをフルオートメーション化することにより、旋盤や溶接などのかつては人間の手で行われていた作業を産業ロボットやFAシステムに置き換えていったのです。

この違いが、労働生産性(1時間当たりに一人の労働者が生み出す価値)に如実に反映されています。過去20年間の労働生産性の推移を見ると、製造業では1995年から右肩上がりで上昇していることに対して、建設業は1995年から右肩下がりで推移し、2008年くらいまでは長期低落傾向に悩まされることになりました。

建設業と製造業の労働生産性の推移(出典:一般社団法人日本建設業連合会/建設業ハンドブック2017)

東京オリンピック後に建設業が直面する深刻な課題

建設業で3次元CADの導入が遅れたのは、2次元の図面さえあればいくらでも現場で「帳尻合わせ」ができる優れた現場作業者に恵まれていたからだと考えます。

五感という優れたセンサーを持ち、高度なスキルと長年の経験を蓄積する職人は、平図面や統合図を見ただけで建物の構造を理解し、自分がなすべき仕事を把握することができます。構造体と設備との取り合いが悪くても、現場で調整することが可能です。

例えば、配管設備を担当する職人は準備したパイプの収まりが悪くても、その場でパイプの長さを測り切断して、ピタリと構造体に合わせてしまいます。こうした優秀な施工技術者に支えられ、建設のあらゆる問題を現場で解決しながら、日本の建設業は高いレベルの仕事を維持していくことができました。

しかし、日本で加速する少子高齢化の流れに抗うことはできません。熟練した職人の方は高齢化し、2次・3次の施工事業者は後継者の不在に悩まされています。若者からは「3K(きつい・危険・汚い)」業種として敬遠され、東京オリンピックに向けて施設建設・周辺開発が進む今でさえ大変な人手不足に陥っているのが実情です。いち早く現場技術者のスキルに頼らないで済む方法を考えなければ、日本の建設業は立ち行かなくなってしまいます。

3次元CADがあれば、だれもが効率的な現場作業に取り組める

一方、世界の国々の建設現場は、日本のように優秀な職人に恵まれているわけではありません。

例えば、東南アジアは現場で作業する方は周辺諸国から集まる労働者が中心で、図面を見て建物の構造や設備の配置を理解することなどとても期待できません。それにもかかわらず、東南アジアではビルの高層化が進み、支障なく施工を進めています。

なぜ、そんなことができるのか? 答えは簡単です。あらかじめ3次元の立体モデルでこれから取り組む作業を説明しておけば、現場作業員の理解が早くなるからです。もともと3次元モデルは、発注元や施主とのコミュニケーションツールとしての役割を果たしていました。日ごろ図面に触れない人でも3次元モデルがあれば完成イメージを想像しやすくなり、合意形成がスムーズに進みます。ここから一歩進めて、あらかじめ設計の段階から現場には支柱が何本立ち重機をいつ搬入するかを決めておけば、作業員は安全かつ効率的に作業を進めることができます。また、あらかじめ最適な寸法の資材を準備しておけば、現場での不具合は容易に解消できます。

こうしたニーズを背景に海外では3次元CADの活用が進み、欧米のソフト会社は優れた機能を持つBIMソフトウェアを開発していきました。

建設のライフサイクル全般を見渡すBIMへの進化

BIMは、3次元モデル上に意匠・構造・設備の設計情報のほか工程やコストなどの付随する情報を一つのデータベースとして集約し、設計・施工から維持管理までの全ての建設ライフサイクルにわたって情報共有を図ることのできるワークフローです。コンピューター上に現物と同じ立体モデル(BIMモデル)を再現し、画面上で干渉チェックや環境性能のシミュレーションを行えるので、施工・維持管理の工程で起こりうる問題点をあらかじめ把握し、解決することができます。

施工段階に入ると、発注書や資材・人材の手配が必要になりますが、BIMモデルを構成する全てのデータは連動していますので、設計で修正を行えばほかの図面や数量表、工程表に即座に反映されていきます。全ての建設サイクルに精度の高い3次元データベースが共有されることにより、1日のうち2~3割は設計図書を探す時間と言われていた無駄な時間も解消されていくでしょう。

このように、BIMモデルを使えば施工現場での作業だけでなく工期やコストまで最適にコントロールしていくことができます。あらかじめ工場で寸法の合うパイプを作っておいて構造体にピタリと納めるなど、現場での「帳尻合わせ」ができる優れた職人に頼ることなく施工プロセスの生産性を高めていくことが期待できるのです。

  • BIMモデルから事前にシミュレーションを行う

  • BIMモデルから図面を切り出す(データは連動している)

  • BIMモデルがあれば、早い合意形成につながる

BIM/CIMソフトの普及で日本もスタートラインに

2009年は日本のBIM元年と言われ、それから数年間は、大手ゼネコンがBIMソフトを使ってさまざまなシミュレーションを行った事例でにぎわいました。いち早く導入した設計事務所では建築確認申請の段階からBIMモデルを活用されていますので、審査機関側にもBIM活用のメリットが伝わりました。今では設計事務所や建設会社の設計部門ではBIMはあたりまえのツールになりつつあり、2013年ごろからは施工現場でのBIMモデル活用が進んでいます。

土木・インフラ工事においても、ICT化の実施を奨励してきた国土交通省が独自にCIMの概念を提唱し、3次元モデルを使って測量から設計・施工・維持管理のプロセスを効率化するi-Constructionを2016年から本格的に推進しました。公共工事を請け負う地方の土木施工事業者にもCIMソフトウェアが浸透し、ドローンから測量される3次元データが設計・施工を効率化して、2017年のi-Construction大賞を地方の地場ゼネコンが獲得するなど、CIMモデルは日本全国に浸透しています。

3次元CADとITテクノロジーの連携で生産性を拡大する

3次元CADの普及を契機に、長年低迷していた建設業の労働生産性も2008年からようやく上昇に転じています。BIM/CIMソフトにより3次元モデルでの設計環境が構築され、建設業もようやく本格的にコンピューターの力を活用して生産性を拡大するスタートラインに立つことができたものと考えます。日本人は明治以来、自分たちで新しいものを発明するのは苦手ですが、海外で発明されたものを導入してより効率的に活用する技術はどの分野においても優れています。3次元CADの活用においても日本の建設業で使われている図面は世界一緻密と言われています。

東京オリンピック需要が一段落すると、少子高齢化の加速と共に建設需要は減少し、それ以上に人手不足が深刻化していくことが懸念されます。現在、建設業界が活況を呈している間にBIM/CIMソフトを導入し、建設プロセスの効率化と人員の省力化を進めていくことが、建設業の生き残りを左右すると考えます。

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