富田欣和氏コラム2:イノベーション創出活動を進めるための考え方

前回のコラムの通り、現在、日本企業の開発現場で起きているのは1.新しいことを考えるための思考ツールの欠如、2.新しいマネジメント方法の欠如という二つの問題である。そして、そのためにはイノベーション創出活動に適した思考のOSの切り替えが必要であり、既存の事業を管理することに適した論理的思考だけでなく、ゼロから新しいものを生み出していくための統合的思考も自在に操れるように、思考OSの切り替えが必要になる。

そして、これらの前提になるのがCreative Confidence、つまり新しいことを生み出すことに対する自信である。私たちの経験上、日本の技術者に創造性が足りないという指摘は間違っている。彼らに足りないのは自らの創造性を発露しても良いのだという自信とそれを促す環境なのだ。今回はイノベーション創出活動を進めるための考え方について、もう少し具体的に説明をする。

富田欣和氏コラム1:今、企業で取り組み始めているイノベーション創出活動

富田欣和氏

イノベーション創出活動に問われる思考の持久力

慶應SDMの特別講義で、シリコンバレーで20年近く複数のベンチャー企業を起業した日本人経営者の話を聞く機会があった。

学生から「シリコンバレーで成功している人の特徴は何か?」という質問が出た。「自分よりも圧倒的に才能のある人、頭の良い人は大勢いた。しかし、そういう人たちも途中で諦めて、ここを去って行った。諦めずにやり続けることが本当に重要だと思う」という答えであった。

この答えの中にイノベーション創出活動の大きな誤解の一つが隠れている。それは「イノベーションに重要なのは何よりも凄いアイデアを生み出すこと」という誤解である。多くの人は新しいことを考えつくのは、属人的な閃きや直感であると思っている。しかし、実際には粘って粘って考え続け、本質的な価値の源泉を見つけ出すことに取り組む、一見すると非常に地味な活動になる。

イメージとしては、イノベーション創出活動に求められる思考とは100m(メートル)走のような瞬発力ではなく、ゴールが決まっていない長距離走に耐える持久力なのである。私たちはこれを「思考の持久力」と呼んでいる。

イノベーション創出プロジェクトの初期では新しい考え方とやり方を効果的に習得するために、ワークショップ形式で講義を実施することがある。私たちのワークショップでは参加者に「思考の持久力」を身に付けてもらうことを重視している。

具体的には、はじめにイノベーティブに考えるための基礎である、システムデザインとデザインマネジメントについて方法論を学ぶ。また、思考法の大原則である思考の発散と収束の本質的な理解と使い方を学ぶ。さらに、対象を多視点から構造化して可視化することで、システムとして全体を捉えて、解決策をデザインすることを学ぶ。そして、これらの過程でインサイト(物事の新しい観方や視点)を抽出することで、デザインプロセスを前進させていく。

これらは決して新しいことを簡単に生み出せるやり方を教えているのではなく、考え続けられるようにするための考え方とやり方、つまり思考の持久力を身に付けることを教えている。もちろん思考の持久力そのものは、実際のプロジェクトで走り続けることでしか身に付けることはできない。ワークショップでは実際に走り続けるためのトレーニング方法やランニングフォームを教えているのである。

最近では企業でも多くのワークショップが開催されていて、私たちが企業に呼ばれて相談を受けるときにも既に何度もワークショップを実施しているということが多い。しかし、多くの場合参加者の合意形成と情報の共有に適したワークショップスタイルをとっており、「思考の持久力」に注目したイノベーション創出活動に向けて設計されたワークショップは少ないのが実情だ。

不確実性に向き合うために必要なこと

新しいことを生み出すことにおいて、不確実性は最大のチャンスである。比較的予測がしやすく計画が立てやすい分野では、経験もリソースも豊富な既存のプレーヤーが強い。

しかし、予測も計画もできない不確実性の高い領域では、既存のプレーヤーの優位性は相対的に弱くなる。つまり、リソースの少ない中小企業でもチャンスが生まれるし、大企業でも新しい分野を開拓するチャンスが生まれる。

不確実性の高い領域でのビジネスの特徴は、分析的な手法では解が得られにくいというところにある。当たり前ではあるが、分析とは分析する対象が存在してこそ行えるもの。対象がはっきりしていないときに正確な分析をすることは難しい。不確実性の高い領域での活動、言い換えれば未知なるものを探し出すときは、無限の解空間を探索し、解を得ることが求められるのである。

しかし、闇雲に無限の解空間を探索していては時間がいくらあっても足りない。そのため、多様性と集合知を活かしてインサイトを獲得し、正解かどうかは分からないが、現状でベストだと思える空間を見出して自分たちが向かうべき方向に当たりを付けるのである。解空間に当たりを付けるためには、「Thinking Outside of The Box」という概念が役に立つ。

そのものズバリ、箱の外に出て考えるということであるが、なかなか深い概念だ。箱の外に出て考えるためには、箱そのものを知らなければならない。なぜなら、単なる思いつきではそれが既存の箱の中の考えなのか、それとも全く新しい考えなのかが分からない。そのためには、はじめに既存の箱を知らなければならない。箱を知ることで箱の外に出るための方法が選択できるのである。

しかしながら、既存の箱を知り、箱の外で考えることができるだけでは、イノベーション創出活動は進まない。そこには、マネジメントの問題が絡んでくる。マネジメントにも既存のものとは異なる思考のOSが求められる。

日常の業務において自分が考えたアイデアが上司や同僚から賛同を得られず、悔しい思いをすることはよくあることだろう。経営トップが自社でのイノベーションの必要性を語ることが増えてきて、それに伴い社内でアイデアコンペや新規事業提案制度などを作る企業が増えている。

しかし、評価する側のマネジメント層が不確実性に向き合い新しいことを生み出すときに必要な考え方とやり方を知らないため、旧来の評価方法を用いてアイデアを評価してしまうことが多い。はじめから市場性や数百億円規模のプラン、具体的な計画を要求してしまうのである。既存事業に近いプロジェクトのマネジメントでは、このようなやり方は有効だ。既存事業では高い精度の計画と説明責任が求められ、そのために計画をいかに管理するかを突き詰める必要がある。

しかし、不確実性の高いプロジェクトのマネジメントにおいては、行きすぎた計画と管理がマイナスに働いてしまうことがある。そこで求められるのは、質の高いフィードバックと修正をいかに高速回転させるかなのである。つまり、走りながら考えるマネジメントが求められるのである。

Creative Confidenceを取り戻せ!

イノベーション創出の方法を教える本やセミナーなどで、会社でイノベーティブに考えるための新しいやり方を広めていくために、ブレインストーミングから始めることを推奨していることがある。しかし、私たちはブレインストーミングより先にやるべきことがあると考えている。それは「Creative Confidence」を取り戻すことだ。

前回のコラムで触れたが、IDEOのTom KellyとDavid Kellyの著書『Creative Confidence』によれば、もともとCreativityは誰もが持っている。しかし、前述のように会社のマネジメントや環境がCreativityを発揮することをブロックしてしまい、自信をなくしていく。こうして熱意溢れる優秀な技術者たちは「なんだかんだ言っても自社では新しいことなんて求めていないのだ」ということを学習していき、会社の指示通りに動くか、何も言わずに会社を去って行く。日本企業では新しいことを生み出す方法を習得する前に、見えない壁や見えない天井が無数に存在するのである。

これらを無視して新しいことを生み出すための考え方とやり方を導入しても上手くはいかない。現場の技術者だけでなく、マネジメント層に対しても新しいことを生み出すための考え方とやり方のトレーニングが必要になる。しかし、誰しも慣れ親しんだやり方を変えて、未知のものに挑戦するのは不安である。

そのため、トレーニングではBaby StepとGuided Masteryという二つの原則を守りながら進めていく必要がある。Baby Stepとは小さな経験と成功を積み重ねていくことであり、Guided MasteryとはBaby Stepによる習熟のプロセスを設計し提供することである。これらの目的は、もちろんCreative Confidenceを取り戻すためにある。

ブレインストーミングは、こうした取り組みによりCreative Confidenceを取り戻してからこそ意味があるものだと考えている。なぜなら、一見手軽で簡単な方法に見えるこの手法も実は非常にハードルの高いものだからである。その理由は二つある。

一つ目はブレインストーミングという手法を用いる際のテーマ設定が非常に難しいことである。これについては次回のコラムで詳細を説明するが、実はブレインストーミングのテーマ設定ほど難しいものはない。そして、ここにはCreativityの発揮が大きく関与する。

二つ目は多くの企業でブレインストーミングの実行を承諾してもらうことが想像以上に難しいということである。社運を賭けた商品開発の会議に付箋紙を持ち込んで、みんなで自由にアイデアを出し合うことを上司に納得してもらうことの難しさはやってみないと分からない。会社によっては複数色の付箋紙を購入するだけで稟議書を作成しなければならないところもあるのだ。言うまでもないが、マネジメント層が新しいことを生み出すための考え方を備えていれば、こうした問題も解決されるわけである。

次回は実際に行ったワークショップを例に、不確実性に向き合うために思考のOSを入れ替え、Creative Confidenceを醸成するやり方について説明する。

著者プロフィール

富田欣和氏プロフィール
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任講師
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科特任講師。デザインプロジェクトや起業デザイン論、イノベーティブ・ワークショップ・デザイン論などを担当。2014年度より関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科講師も兼務。技術、人、組織をシステムとして捉えて社会的価値創出を行うイノベーティブ・デザインLLC代表など数社の経営を行っている。実践・教育・研究の3領域での経験を活かし社会システムやイノベーション・マネジメントの実践に取り組んでいる。同大学大学院SDM研究科修士課程修了(システムエンジニアリング学)

渡辺今日子氏プロフィール
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科特任助教。デザインプロジェクト、イノベーティブ・ワークショップ・デザイン論を担当。和英翻訳やウェブサイト構築を情報アーキテクティングの観点で実践する有限会社ブリッジワーク代表取締役。同大学大学院SDM研究科修士課程修了。

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