富田欣和氏コラム1:今、企業で取り組み始めているイノベーション創出活動

これまでの開発、そこで直面する問題

日本の企業が直面している問題について、多くを語る必要ないだろう。生活者として世界に目を向けると、私たちの身の回りにあるMade in Japanは少なくなってきている。「テレビやオーディオ機器は日本製」が当たり前だったのは遙か昔。今や海外メーカーが主流となっており、日本国内でも外国製の電気製品は市民権を獲得しつつある。

海外メーカーが低価格ながら品質を高め、さらにアフターなどのサービスを含むソフト面での質の向上により世界的に認知度が高まる中、国内メーカーの開発の現場では、これまでの、既存の開発の延長線上での取り組みでは立ち行かなくなってきている。海外メーカーと同じ土俵での戦いは行き詰まり、新しい取り組みが求められるようになる。そして、イノベーション創出の号令が開発現場に舞い降りることになる。しかし、これには大きく二つの問題がある。

富田欣和氏

開発現場における思考ツールの問題

一つ目は、開発現場における思考ツールの問題である。技術の追求や既存製品の改良、品質向上のためのプロセス改善に注力してきたエンジニアのマインドは、既存のベクトル上で問題を分析しそれに対する答えを見出だすことに最適化された思考のプロセスとなっている。

しかし、ベクトル上に企業が求める解が存在するのであれば、イノベーションの問題は存在しない。既存の思考プロセスのまま新しいもの・ことを生み出す活動を推進することには無理があるのである。エンジニアに求められているのはベクトル上には存在しない「新しい価値」を見出し、具現化することである。

しかし、多くのエンジニアはそのための新しい思考プロセスや思考ツールを手にしていないのだ。

マネジメントにおける問題

二つ目は、マネジメントにおける問題である。エンジニアがどれほど新しいアイデアに基づく製品やサービスを提案しても、既存の枠組みでは評価されにくい状況にある。既存の製品やサービスや、当たり障りのない「先が読める」案件の評価に最適化された事業性評価のプロセスを、全く新しいが故に現時点では市場そのものが存在しない製品やサービスの評価に用いてしまうのである。

このようにマネジメントが既存の枠組みから踏み出さずにいると、エンジニアがいくら積極的に新しいものを提案しても、「市場性はあるのか?」「収益性は確保されているのか?」という基準で、面白いアイデアはあっという間に葬り去られる。

そして、これらが繰り返される内に「いくら提案しても潰される」という結果だけが残り、エンジニアや研究者のイノベーション創出活動へのモチベーションは下がるのである。

閉塞感はあらゆる産業の日本企業に蔓延している

こうした閉塞感はあらゆる産業の日本企業に蔓延する。現在は2020年の東京オリンピック需要があるとはいえ、それを享受するのはほんの数年間のこと。しかも実際はほとんど「既存製品やサービスの最新版」の開発や提供が主であり、真にイノベーティブな製品やサービスの開発は行われていない。イノベーティブな新しい製品・サービスの創出の重要性を見出だしているものの、なんとなく景気も上向き感があるし、その活動は後回しにされているのである。しかし、本来企業がやるべきは、その後の価値創造を見据えて手を打つことである。

閉塞感を打開するために必要なこと

これを打開するために必要なことは、前述の問題を解決することであろう。具体的には開発現場のマインドセットを変えること。既存のベクトルの延長線上の取り組み、という既存の枠を超え、その外側の解を探そうという姿勢、マインドを持つことなのである。

これに必要なのがCreative Confidenceである。つまり、新しいものを生み出すとこに対する自信を取り戻すことなのだ。IDEOのTom Kellyの著書「Creative Confidence」によれば、もともとCreativityは誰もが持っている。大人になるにつれてCreativityを発揮することを周囲の環境や慣習がブロックしてしまい、その機会を失っていくうちにCreativeな自信をなくしていくのである。

これは決してよくある「精神論」ではない。もしこれが精神論に聞こえるのであれば、今すぐに現場に出て、意思決定の場に出て現実を見ることを強くお勧めする。我々が多くの企業と共にイノベーション創出活動を行ってきた経験から言えば、多くの企業において新しいものを生み出すための基礎的な技術力はあるし、そのための優秀な人材を抱えている。そしてマネジメントチームも十分に優れていることが多い。必要なのはイノベーション創出に適した、新しい考え方とやり方なのである。

慶應SDMで支援している取り組み

慶應SDMで支援している取り組みは、研修型から長期にわたるプロジェクト型までさまざまで、その対象もさまざまな年次や部門に渡っている。特徴的なのは、研究開発型企業におけるエンジニアや研究者に対する取り組みである。科学技術などの専門分野を深めたエンジニアや研究者が、イノベーティブなマインドセットとツールセットを身につけることにより、思考の枠の外側を探索し解を見つけようというモチベーションをもちながら新製品開発や新研究テーマの探索を行っている。

新しいものを取り入れるのは、簡単ではない。これは日本企業が新しいイノベーティブな提案を既存の市場性や経済性と言う軸で評価しようとすることの矛盾に気づき、これを変えて、再び日本や世界へ貢献できる企業となるための挑戦なのである。そして、この挑戦には具体的な考え方とやり方があるのである。イノベーション創出活動に適した思考OSに入れ替える。

イノベーション創出活動に適した思考OSに入れ替える

慶應SDMでは日本国内だけではなく、ASEAN地域や北米、北欧でのイノベーション創出活動における人材教育と実践の最前線に出向き、イノベーティブな解決策を生み出している現場を視察し海外の専門家や起業家と議論している。その結果、イノベーションを生みやすくするための考え方とやり方は世界共通であることが分かってきている。

一言で表すと「思考OSを入れ替える」ということである。「論理的思考から統合的思考へ」「高品質から高価値へ」「付加価値から本質的価値へ」という思考への転換である。

まず「論理的思考から統合的思考へ」であるが、論理的思考に偏りすぎると解決策では分析に焦点があたり過ぎ、自分たちの考えられる範囲内、つまり分析できる範囲で問題や解決策を見出そうとしてしまう。それを避けるには発散的思考と収束的思考のコンビネーションが重要である。次に「高品質から高価値へ」だが、品質が顧客の感じる価値とイコールではないことは読者の皆さんには説明の必要はないであろう。そして「付加価値から本質的価値へ」だが、これが日本企業の最も陥りやすいポイントとなる。顧客が求める本質的な価値が定義されていないのに、付加価値と称した思いつきでの機能の追加により、世の中には目も当てられなくなっている製品が数多く存在する。

思考をやり方から考え方へ

読者の会社の中には、このような課題に対してデザイン思考やシステム思考といったアプローチを取り入れているところもあるだろう。しかし、実際にそれらのアプローチは結果を残しているのか?と聞かれたら答えはどうだろうか。私たちの経験では、デザイン思考やシステム思考を取り入れているほとんどの会社で、行き詰まりを感じているのではないかと思う。

これはデザイン思考やシステム思考を「やり方」のレベルでしか捉えられていないため、研修などでやり方は習ったが実際の仕事でどう使ってよいか分からないという状況が生まれているからである。ビジネスの現場で結果を出すためにまず身に付けるべきは、思考OSとしての「考え方」なのである。

思考OSの入れ替えのために、慶應SDMではシステムズエンジニアリングという共通思考基盤を用いて、「考え方の考え方が重要である」という事を徹底してトレーニングする。つまり環境が変化しても柔軟に対応できるためには「どう考えれば良い答えが出せるのか?」ではなく、「どう考えれば良い答えを出せる考え方を生み出せるのか?」というメタレベルで思考OSを使いこなすことが重要なのである。これは現場だけではなく、マネジメントレベルにも必要な能力である。

次回は、どのように思考OSを入れ替えるのか、そしてどのように新しいものを生み出していくのか、その具体的な方法についてご紹介する。

著者プロフィール

富田欣和氏プロフィール
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任講師
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科特任講師。デザインプロジェクトや起業デザイン論、イノベーティブ・ワークショップ・デザイン論などを担当。2014年度より関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科講師も兼務。技術、人、組織をシステムとして捉えて社会的価値創出を行うイノベーティブ・デザインLLC代表など数社の経営を行っている。実践・教育・研究の3領域での経験を活かし社会システムやイノベーション・マネジメントの実践に取り組んでいる。同大学大学院SDM研究科修士課程修了(システムエンジニアリング学)

渡辺今日子氏プロフィール
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任助教
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科特任助教。デザインプロジェクト、イノベーティブ・ワークショップ・デザイン論を担当。和英翻訳やウェブサイト構築を情報アーキテクティングの観点で実践する有限会社ブリッジワーク代表取締役。同大学大学院SDM研究科修士課程修了。

富田欣和氏コラム