南雄三氏インタビュー第1回 通風トレーニングが生まれた背景

― 今回「通風トレーニング」を書かれた背景にはどのような思いがあるのでしょうか?

南氏:これまで通風を扱った本がなく、特に住宅の場合には本が一冊もなかった。ビルは風を敵として気にして設計してきたが、住宅の場合には、風は愛するべき相手で気持ちの良いものとしてとらえてきた。なので、住宅ではこれまで通風を科学的に考えたことがなかった。

改正省エネ基準2013が出て計算などで科学的に考える機会が増えたが、住宅の通風計画というものはまだない。そこで、南流の通風計画を作り伝えるために本を作った。

住宅業界の「省エネ住宅」トレンド

― 住宅の設計にも省エネが求められてきています。日本の状況を見てきて、先生はどのように変化してきたと思いますか?

南氏:省エネ住宅普及の時代は三つの時代に分けられると考えている。

1.40年前「TRY」の時代

高断熱・高気密が北海道で始まったのは無知な断熱化で土台が腐る事故が多発したからだ。産官学が対応をする中で、壁体内(断熱材)に湿気を入れてはいけないことに気づき、高気密化に着目した。断熱したら気密化する、そこで「高断熱・高気密」という言葉がつくられた。
そんな北海道の状況を見に行った我々はストーブ一台で全室20℃を実現していることに驚き、本州に持ち込もうと考えた。当時、そうした先進技術に果敢に取り組んだ工務店や設計事務所と試行錯誤しながら全室20℃を実現させた。だから、その頃はTRYの時代だった。

2.「工法」の時代

TRYによって高断熱・高気密で全室暖房の家が造られるようになると、いろいろな工法が登場した。この工法が良い、外断熱が良いなどと競い、自分が採用しているものは最高だが他は良くないなどと誹謗中傷しあった。そして、高断熱・高気密が信用を失った時代でもあった。

3.現在の「性能を表示する」時代

現在は性能を表示する時代だ。「数字で語れないものは本物なのか」など言い出したのは最近の話(ここ5年くらい)。なんとなくあいまいな状態で競っていた工法が性能を表示することにより、科学的に比較できるようになってきた。

断熱性能だけでなく、年間暖冷房負荷やCO2ガス排出量などをクライアントに表示することが始まった。風についても改正省エネ基準2013の「通風あり」の項目を解けば、換気回数5回/hになるかどうかが計算できる。しかし、窓をどのように開ければ風がどう流れるかはシミュレーションしないと分からない。しかも、一般の設計者や工務店はまだシミュレーションツールを持っていない。

壁体内結露の原因は隙間からの水蒸気移動。その対策で「断熱したら気密化する」という意味から「高断熱・高気密」という言葉がつくられた。

結露対策のために生まれた「高断熱・高気密」

チームで著書「通風トレーニング」を制作したメリット・デメリット

― 今回、チームで著書を制作されていらっしゃいますが難しさはありましたか?

南氏:難しいがチームで作ることで、自分以上のものを作ることが可能となる。私は常に良いものを作るために頑張るが、今回は自分以上のものを作るためにチームを組んだ。そのために、YKKAPが所有するFlowDesignerを活用させてもらった。本の装丁でもチーム内にデザインの得意なメンバーがいたので協力してもらった。そのため、プロのデザイナーに頼らず手作りなものになった。技術書なのにビジュアルで楽しいという評価はこの手作りの成果だ。

Q&A形式の通風トレーニング

― 著書では、Q&A形式の書き方がとても面白いと思いました。

南氏:設計者にとってさまざまなケースを想定し、効果を検討してみたいと思うのが常だ。傍らにシミュレーションツールがあれば、つど試すことができるが、簡単に手に入れられる金額ではない。私の立場としては、工務店や設計事務所がシミュレーションツールを所有できない環境の中で、トレーニングを通して感覚を鍛えることが必要だと思った。

風のように見えない相手を扱う場合には計算ではなく、感覚で風を読むトレーニングをする必要がある。私自身がシミュレーションの結果を見ながら、想像していた答えと全く違うことに唖然としながら、楽しく勉強していくことができた。いつもなら分かっていることを本にするが、この書籍ではチームのみんなで勉強しながら本を作っていった。シミュレーションから読み取るというのは、それ自体が新鮮な発見であり、トレーニングでもある。これからはこうしたシミュレーションを使った、楽しく「発見」し、「考え」、「トレーニング」していくような書籍が多数出てくるのだろう。

Q&A形式の通風トレーニング

Q&A形式の書籍よりLets's 通風トレーニング

通風トレーニングの対象者

― 省エネ住宅に取り組み、先生の書籍を実践されている方はどのような人が多いですか?

南氏:工務店や設計事務所が多い。高性能を追求している工務店は大規模ではなく、年間10棟くらいの工務店も多い。よく勉強し、実践に経験も多いので実力は高いが、年商3~5億円ほどなのでFlowDesignerを所有するのは厳しい。この層は社長が営業しているケースが多く、大手ハウスメーカーと競合になることも多いが、負けていない。数を追求しないで高性能でよい家をつくろうという気概で、楽しく仕事している工務店を見ていると、このくらいの規模で家づくりができることでよいのだと思うことがある。

常に新規客を探していかなければいけない住宅営業はしんどいと思うが、高性能で心地よい家をつくればそこで口コミが生まれる。そんな客はよい家を求めてくる。そうした好循環を実現していくのも「大きな数」の追求では得られない、小規模ならではの面白さだ。とはいえ、大企業は情報収集にも研究にもお金を使うことができるし、高額なシミュレーションソフトも持てる。小規模はこれらで差がつけられるが、だからこそ書籍での通風トレーニングによって「眼力」を持ってもらいたいという願いを込めた。

通風トレーニングの反響

― これまで、断熱などについて多くの書籍を出版されていますが、今回の書籍に関して先生のファンの方々の反響はありましたか?

南氏:仲間は違和感なく捉えている。ただ面白いのは、高断熱・高気密を誤解している人たちは「通風と高断熱・高気密は違う」という見方をすることで、「高断熱・高気密の南雄三がなぜ通風?」と思う人がいること。逆に、高性能を追求している人は違和感なく受け取ってくれる。とはいえ、通風トレーニングセミナーには高断熱・高気密嫌いの人たちも来場してくれているので、いつもと違った広がりがあって嬉しくなる。

高断熱・高気密を嫌う人たちにも昨今、自立循環型住宅をきっかけに断熱を設計に取り入れようとする設計者が増えてきた。概念を捨てて、あらためて健康・快適・省エネを科学的に、そして感覚的に捉えることで日本らしい、面白い省エネ住宅がつくられると思う。勉強する力と施工で実践を踏む力に加えて、設計したものをシミュレーションで確かめながら、知らず知らずの内に「眼力」を養う・・・そんなトレーニングが重要になってくると考える。

南雄三プロフィール

省エネ・エコハウスの学術的な研究成果を独自のフィルターにかけながら住宅業界、消費者に伝達していく住宅技術評論が本業。そして、住宅産業を知り尽くした目で住宅産業全般のジャーナリストとしても活躍し、工務店業界では「お目付役」的存在である。

新宿にある自宅は大正時代の古住宅を環境共生住宅に再生して、資産価値を高めた実例として知られる。また、若い頃世界50カ国を放浪した破天荒な経験を持ち、今でも海外に出かけスケッチをしたり、自主ゼミを開くなど遊びと仕事の区別がない自由人としても知られる。

著書

「通風トレーニング 南雄三のパッシブ講座」
出版社:株式会社建築技術
定価:1,800円(税別)

南雄三氏

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