3次元CADと3Dプリンターの導入で「超」短期間の設計・試作開発環境を構築。第二創業の新ビジネスを支える
向陽エンジニアリング株式会社
- 業種
- 製造業
- 事業内容
- ロック機構部品、各種企画製品の設計開発・製造販売、3Dプリンターによる出力・設計開発支援事業
- 従業員数
- 5名(2016年1月現在)
- サイト
- http://www.koyoeng.biz/
導入事例の概要
リクライニング金具メーカーの関連会社として貿易業務を担ってきた大阪府堺市の向陽エンジニアリング株式会社は、このほど自らが機構部品を設計・開発するメーカーに業容を転換。低コストとスピードを両立させたラピッドプロトタイプモデルを製作するため、3次元CADと3Dプリンターを導入した。
顧客が実際に手に取って検討できる試作品を用意しての営業活動を進めた結果、大手メーカーを中心とする得意先を開拓することに成功。出力サービスの事業も開始するなど、3Dプリンターを活用した新ビジネスの展開も行っている。
導入の狙い
- 低コストかつスピーディーに試作品を製作したい。
- リアルな立体造形物を示しながら顧客への提案を行いたい。
導入システム
- 3Dプリンター ProJet 3510HD Plus
- 3次元CAD SOLIDWORKS
導入効果
- 試作がスピーディーかつ安価にできるようになった。
- 顧客への提案に説得力が増した。
- トライアンドエラーを繰り返せる環境で開発力が強化した。
持ち前の技術力を生かして高品質な機構部品を設計・開発
大阪府堺市の向陽エンジニアリング株式会社は、座椅子やソファ用リクライニング金具を主力製品とする向陽技研株式会社のグループ会社として、1980年に設立された。当初は主にギアの後工程であるフレーム加工業を担ったが、向陽技研株式会社の海外展開に伴い、同社製品の輸出業務を行う会社に転換した。
ラチェットギアの「リクライニング運動」、回転金具の「回転運動」、アップダウン金具の「上下運動」の三つの特徴を持つ「KOYO」ブランドのパーツは、世界各国の家具メーカーがソファのバックレスト、ヘッドレスト、アームレストの角度調整パーツとして広く採用している。
「特にアジアや欧州での販路が大きく拡大したことから、向陽技研株式会社は2006年に中国、2013年にドイツに現地法人を設立しました。その結果、当社を通じて貿易を行う必要がなくなったのです。そこで、グループ会社として培ってきた技術力を生かして新商品を開発し、向陽技研株式会社とは異なる新たなマーケット開拓を目指すことになりました」と説明するのは、営業部長の杉本幸司氏。
業容を設計開発へシフトし、第二創業を果たしたのは2014年。以降、独自の製品開発と営業活動を展開している。その中核技術の一つが、座椅子やソファにおいて国内外で数多くの実績がある、荷重がかかると同じ力で反発する「くさび原理」を用いたロック機構だ。この技術を応用してさまざまな産業分野に用途開発するべく、同社は市場の新規開拓を模索している。
「特に有望視しているのは介護・福祉・医療分野です。中でも介護・福祉の関連製品は、古くからあるパーツの組み合わせが中心で、先進的な部品があまり採用されていません。私どもはそこに着目し、ベッドや車いすなどの利便性を高めるパーツの開発に注力しています」(杉本氏)
そのような新市場開拓には、プロダクトアウトではなくマーケットインの発想が重要だと杉本氏は言う。そこで同社は、営業とエンジニアのスタッフが一体となり、顧客と密なコミュニケーションを図る営業スタイルを取っている。製品提案や打ち合わせに設計や開発スタッフが同行すれば、顧客ニーズをダイレクトに取り込むとともに、開発速度を高めることにもつながるからだ。そうした努力が功を奏し、第二創業からほどなく数社の大手メーカーから開発依頼を寄せられた同社は、新規事業を軌道に乗せる大きな手応えを感じている。
営業部長 杉本幸司氏
「営業提案が紙からモノに変わり、試作品を手に取って検討していただけるようになったことで、お客様から好反応を得られるようになりました。要望を受けての試作品の修正に要する時間も短縮され、開発の速度アップとコストカットに大いに役立っています」
チーフエンジニア 松尾俊彦氏
「設計と試作が何度でも気軽にできることから、開発力が高まっていることを感じています。他社への出力サービスを行うようになったこともあり、サポート材がより安価に供給されるようになると、さらにありがたいです」
3Dプリンターの導入で試作品の開発スピードが向上
ファブレスでスタートした同社が、新事業を展開するうえで欠かせない生産設備が、3Dプリンターである。工作機械より安価に導入でき、試作品をスピーディーに製作して顧客に提案できる。
1年近くかけて多くのメーカーがリリースしている多様なタイプの機種を比較しながら候補を絞り込み、最終的に3社のベンダーから提案を受けて選定したのが、大塚商会が勧める3D SYSTEMS社のProJet 3510HD Plusだった。
機種選びで重視したのは、第一に仕上がりの精度、第二に造形完成後に残るサポート材の除去の手軽さだった。チーフエンジニアの松尾俊彦氏は、今回の決め手について次のように語る。
「当社の開発品のメインパーツはギア歯なので、部品の先端までしっかりとエッジが表現されなければなりません。3社に同一の3次元設計データを提供して出力してもらった部品を検証したところ、最も高い精度だったのがProJet 3510HD Plusでした。素材がアクリル系樹脂なので強度試験まではできませんが、組み合わせたパーツの動作性も十分で、荷重のかからない部品であれば実機に組み込んで確認することも可能です。それに加え、造形完成後の処理が格段に楽だったことが決め手となりました」(松尾氏)
ほかの2機種は造形後に余計な部分を水で溶かしたり水圧で除去したりする手間のかかる方式で、ギア歯の細かい溝などに残ったサポート材をきれいに除去することが難しかった。それに対してProJet 3510HD Plusは熱で溶かす方式で、最終的に細部は人の手で磨かなければならないが、出力品をオーブンに入れて熱を加えるだけで基本的な処理が済む。3機種の中では最も高価だったが、ギア歯がシャープに造形されることと、後処理が手間なく短時間でできることを考えると、期待される費用対効果も最も大きかったという。いずれもサポート材はアクリル系樹脂だが、造形時のロスが少なく、材料費の面で有利なのも選定の要因となった。
こうして2015年2月、3次元CAD SOLIDWORKSと共にProJet 3510HD Plusを導入した同社は、新たな体制での営業活動を開始した。
「導入以前は、ワイヤーカットや切削加工で試作していましたが、パーツにバネを通すための小さな穴まで加工することなどは困難でした。3Dプリンターの導入後は、3次元CADで設計した部品を手早く忠実に造形できるようになり、開発作業が飛躍的にスムーズになりました」と松尾氏は満足そうに話す。
設計・試作コストが低減し顧客への提案力も大幅アップ
SOLIDWORKSは、向陽技研株式会社のグループ会社だった時代に使用していたことに加え、大塚商会のリモートサポートや電話サポートが充実していたことから、ベンダーとしての信頼感を抱いていたという。
「今までのプレス部品中心の設計から、樹脂やダイカスト部品の設計に設計分野が広がり、SOLIDWORKSの今まで使っていなかった機能を使いつつ設計開発に取り組んでいます。3Dプリンターで出力する前に動作や干渉などを事前検証してトライアンドエラーを繰り返せるので、試作段階で完成度の高い部品を製作できます」(松尾氏)
SOLIDWORKSとProJet 3510HD Plusが同社にもたらしたその最大の収穫は、「説得力のあるプレゼンテーション」が行えるようになったことだ。
「紙ベースでの提案とは違い、試作品を手に取っていただける造形物なら、パーツの形状や特徴がリアルに伝わります。『ここをこうしてほしい』という具体的な要望が得られやすく、再度試作して提案し直すまでの期間も大幅に短縮されました」(杉本氏)
以前なら設計を変更して試作品を作り直すのに1カ月ほど要したが、現在は1、2週間しかかからず、レスポンスよく顧客ニーズを反映できるようになった。サポート材のアクリル系樹脂を少しずつ積層していく出力には10時間程度かかるが、退社時にプリントをスタートさせれば、翌朝の出社時には造形が完了している。
「金属を切削加工したり、金型を製作したりする場合と比べて試作品の製造コストが低く抑えられるのは言うまでもありません。外注先にパーツの塗装やメッキの指示を、立体物を示しながら説明できるので、外注先の作業ミスによる時間とコストのロスも減りました」と松尾氏。
しかし、造形物の大きさと出力時間の制約がある中で、出力設定の工夫も必要だ。
設計データを複数並べて一度に出力指示すれば試作品を同時に作ることができ、効率を高めることができるので、あらかじめ複数のサイズの試作品を出力しておけば、顧客から寸法変更の要望を受けて作り直す手間を省ける。
「3次元CADデータの解像度を指定すれば、3Dプリンターの出力精度を自在に調整できるのも便利です。普及率の高いソフトなのでお客様と設計データを直接やりとりすることもでき、操作性も高いのでストレスを感じることなく利用できています」(松尾氏)
また杉本氏も、「本物さながらのモックアップを用いた小回りの利く提案が多くの受注に結びついており、もはや3次元CADと3Dプリンターなくしての製品開発を考えられません」と語り、SOLIDWORKSとProJet 3510HD Plusは同社の事業推進に欠くことのできないツールだと高く評価する。
自社の開発力強化に役立てつつ設備を新たなビジネスにも応用
医療・介護・福祉系の分野で使われる製品には、安全性を高めるためにロック機能を備えていることが望まれる部品もあることから、同社は「ロック機能のついた蝶番(ちょうつがい)」を開発し、現在特許の取得を申請中だ。失敗をためらうことなく果敢に設計と試作にチャレンジできる環境は、この事案が物語るように同社の開発力を強化することにも大きく貢献しているようだ。
「以前からSOLIDWORKSを使い慣れているとはいえ、プレス加工ではなく3Dプリンターで出力することを前提とした設計を手がけるのは初めてです。私にとっては未知のツールや機能もたくさんあるので、日々の設計業務を通じてさらに操作方法に精通していきたいですね」と松尾氏。
樹脂やダイカスト部品などの、より複雑な形状の製品を開発する案件が増えてきたため、解析ソフトの導入を検討しているという。
「当社独自のビジネススタイルがようやく確立されてきたので、これからは介護・福祉・医療に限らず、広い視野を持って多様な分野に進出していきたいと考えています」と杉本氏は展望を口にする。
さまざまな産業分野のパーツの用途開発とは別に、同社は3次元CADと3Dプリンターを利用した出力サービス事業も展開し始めた。外部企業の依頼を受けて3次元設計データ作成と出力サービスを行う「設計開発支援事業」がそれである。
「自分たちが活用して商品開発のコストダウンとスピードアップを図れることを実感し、この設備の利便性を多くの企業に提供したいと考えました。定期的に出力サービスをご利用いただいているお客様が数社あり、当社が3Dプリンターを使わない時間を有効活用することにつながっています」(杉本氏)
3Dプリンターによる試作品の出力ニーズは製造業のみならず幅広い業界で高まっていることから、このサービスは大きな将来性を秘めた事業だと言えるだろう。同社はこのように産業界の動向を敏感にとらえながら、最新の機器をフル活用して今後も積極的なビジネスを展開していく構えだ。