市場の変化を見据えた新事業として、金属3Dプリンターと独自の加工技術を組み合わせた「モノづくり」に挑む

株式会社黒木工業所

業種
製造業
事業内容
製鉄機械部品の溶接修理ほか
従業員数
101名(2021年7月末現在)
サイト
https://www.kuroki.co.jp/giken/

導入事例の概要

製鉄機械部品の溶接補修を主力事業として、80年以上の歴史を歩んできた株式会社黒木工業所。得意先である製鉄会社が事業を縮小し、新たな事業の柱を育てることが必要だと判断した同社は、長年培ってきた独自の金属加工技術と高精密な金属3Dプリンターを組み合わせた革新的な「モノづくり」に挑んでいる。

導入の狙い

  • 独自技術を生かして新事業を創出する。
  • 他社にまねのできない技術を磨く。

導入したメリット

  • 4カ月かかる高精密部品の製造を120時間に短縮。
  • 0.5mmの極溝加工にも対応できるように。
  • 図面のない部品も3Dスキャンで造作可能。

導入システム

3D Systems製 金属3Dプリンター「DMP Flex 350」

製鉄機械部品の溶接補修を柱に、卓越した技術を磨く

福岡県北九州市の株式会社黒木工業所(以下、黒木工業所)は、製鉄機械部品の溶接補修を主力事業とする企業だ。1938年、国内有数の生産量によって日本の産業を支えてきた八幡製鐵(せいてつ)所(現・日本製鉄九州製鉄所八幡地区)などの機械部品の溶接・修理受注工場として創業。以来、80年以上にわたって独自の溶接技術を磨き、日本の製鉄産業を陰ながら支えてきた。

1974年には、技術向上のための研究・開発部門として黒木工業所技術研究所(以下、技術研究所)を開設した。同研究所では、金属粉末を用いた溶接、焼結品の特性評価も行っており、部品の補修や造形だけでなく、その強度測定や、金属組織観察などの評価まで対応できる体制を整えている。

技術研究所は、革新的な補修技術や部品の機械加工ノウハウを研究・開発する役割も果たしている。

技術研究所 金属3Dプリンター室 主任 越水謙三氏

「35年ほど前には、当時としては革新的だった電子ビーム溶接や、高温高圧下で金属やセラミック製品を加工するHIP装置をいち早く導入し、生産技術を確立しました。HIP処理は医療機器や航空・宇宙分野など、高い強度が求められる製品の部品加工に適しており、造形からHIP処理、マシニングやNC旋盤による機械加工まで、トータルに対応できるのも当社の強みです」

受注の先細りを見越して、新しい事業の創出に踏み出す

黒木工業所は2021年10月、越水氏らが所属する技術研究所内に金属3Dプリンター室を開設した。その目的は、長年取り組んできた溶接補修に続く、新たな「事業の柱」の一つを育てることにあった。

新事業創出の意思決定を後押ししたのは、市場環境の変化である。同社が主な得意先とする製鉄所の粗鋼生産量は、中国による過剰生産や技術革新などの影響を受けて、減少の一途をたどっている。また、2050年までに温室効果ガスの排出をゼロによるカーボンニュートラル政策によって、化石燃料を使用する製鉄産業は、今後ますます苦境に追い込まれることも予想される。

「今までどおり製鉄機械部品の溶接補修だけを行っていたら、同社の受注も先細りするのは目に見えています。何か新しい分野に活路を見いださなければならないということで検討を重ね、その一つとして採用されたのが金属3Dプリンターを使ったモノづくりでした」と越水氏は振り返る。

資材置き場となっていた建屋を改装し、同室の事務所兼金属3Dプリンターを設置

高精度の金属3Dプリンターを求める

金属3Dプリンターは、金属粉末をレーザーで溶融させながら、幾層にも重ね合わせることで金属製の部品などを造形する装置である。3D CADで描いた設計データを取り込めば、その設計どおりの形状を金属で造形することができる。

さらに、「せっかく導入するなら、なるべく緻密な加工ができる金属3Dプリンターを導入したいと思いました」と語るのは、技術研究所 金属3Dプリンター室 主任の河向茂氏である。

技術研究所 金属3Dプリンター室 主任 河向茂氏

「金属3Dプリンターにも精度の差があり、安い装置では粗い加工しかできない。細かな仕様の注文にも応えられる金属3Dプリンターをどこよりも早く導入し、圧倒的な競争優位を手に入れたいと思いました」

多額の導入費用を工面するため、「事業再構築補助金」を申請

だが、高精度の金属3Dプリンターを導入するには、それなりの費用が必要だ。新事業創出のためとはいえ、将来性が見えにくい分野に多額の資金を投じるべきかどうかというのは判断が難しい。そこで同社の経営陣は、コロナ禍における経済対策として国が交付する「事業再構築補助金」を申請することを越水氏らに指示。補助金が出れば、導入を認めることにした。

越水氏らは、コンサルタント会社などに頼ることなく、自力で申請書類を作成。見事、審査をクリアすることができた。

「製鉄所からの受注の減少によって、新しいことにチャレンジしなければ生き残っていけないことや、かつて電子ビーム溶接やHIP処理の生産技術を確立した当社なら、新しい事業を創出できると強く訴えたことなどが評価されたのだと思います」と越水氏。補助金は2021年6月に交付され、金属3Dプリンターによる新事業は正式に動き出した。

大塚商会に導入支援と保守サービスを依頼

同年10月には、技術研究所の新部署として金属3Dプリンター室を開設。資材置き場となっていた建屋を改装し、同室の事務所兼金属3Dプリンターの設置場所とした。

同社が選んだ金属3Dプリンターは、3D Systems製の「DMP Flex 350」である。数多くの3Dプリンターを取り扱う大塚商会に導入支援を依頼した。越水氏は「メーカーや機種の偏りがなく、ユーザー目線で選定や保守などを全面的にサポートしてもらえる点に頼もしさを感じました」と語る。

DMP Flex 350は、同社が求めていた緻密な造形ができるだけでなく、多様な金属粉末に対応しているのも魅力であった。「当面は耐熱系材料を中心としたモノづくりに利用するつもりですが、ゆくゆくはアルミ製の自動車部品や航空・宇宙用のチタン製部品なども製造したい。将来性を考えると、それらの金属粉末にも対応するDMP Flex 350がベストだと判断しました」と越水氏は語る。

高精度の持ち味を生かして、さまざまな精密部品を試作

金属3Dプリンター室が最初に受注したのは、あるメーカーが発電機の実験に使用する熱交換器の部品であった。

技術研究所 金属3Dプリンター室 田中雅巳氏

「金属板の上に細い溝を何本も刻む部品をリクエストされました。通常、そうした部品を作るには薄板を何枚もプレスしたり、ロウ付けしたりするので工数と時間を要しますが、金属3Dプリンターなら圧倒的な速さで造形できます」

プレス加工の場合、型起こしから成形までで約4カ月かかるものが金属3Dプリンターなら120時間ほどででき上がるという。しかも幅わずか1ミリ、深さ0.5ミリという細い溝を精密に彫り込めるのはDMP Flex 350ならではだ。高精度の持ち味を生かして、ほかにも船舶エンジン用の過給機の部品やスクリューなど、さまざまな精密部品の試作を行っている。

  • 金属粉末をレーザーで溶融させながら、幾層にも重ね合わせることで金属製の部品などを造形する

  • DMP Flex 350による試作品。精度の細かさを取引先にアピールするために利用している

  • 同社が3Dプリンターで利用しているインコネルの金属粉末が入ったボトル

  • 加工後に残った金属粉末を再利用するための機器。こちらの機器を通すことで無駄なく再利用できる

リバースエンジニアリングにも対応

田中氏はDMP Flex 350のメリットとして、出力する角度や金属の密度、積み重ねていく層の厚みなどを柔軟に設定できるパラメーターが用意されていることを挙げる。

「例えば、縦長の部品を造形する場合、縦方向に出力するよりも、横に倒したほうが出力時間は短縮されます。ただし、横にすると金属の重さでたわむので、精度を損なうかもしれません。パラメーターが柔軟に設定できると、そうした試行錯誤ができるので、知見が蓄えられて競争力の強化につながるのではないかと期待しています」(田中氏)

金属3Dプリンターは、3D CADの設計データを取り込むだけでなく、既存の部品などを3Dスキャナーに読み込ませ、そのデータを基に同様の部品を再現することもできる。そうしたリバースエンジニアリングの依頼も「積極的に請け負っていきたい」と越水氏は語る。

最後に河向氏は、「金属3Dプリンターによる造形は精度が粗いのではないかという先入観がいまだに根強いようです。お客さまの認識を変えるためにも、ぜひ大塚商会さんにはDMP Flex 350に関する情報発信を強化していただきたい」と要望した。