株式会社入曽精密
埼玉県の入曽精密は、マシニングセンターを使った金属精密加工に高い技術を持ち、メーカーだけでなく研究機関からも注目を浴びている。10年前にSolidWorksを導入したのは、切削技術を極めるための必然の流れだったと語る同社代表の斎藤氏に、独自の技術「MC造形」について、そしてそれを支えるSolidWorksの役割などについて詳しく聞いた。(写真:代表取締役 斎藤清和氏)
入曽精密について
~マシニングセンターを使った微細精密加工を得意とする会社~
入曽精密の業態について
入曽精密は、金属精密加工を行う会社です。F1マシンのエンジン、人工衛星、内視鏡等医療機器の金属部品などを社員15名、技術者8名の少数精鋭で作っています。
入曽精密が得意とするのは、マシニングセンターとCAD/CAMを連動させた微細精密加工です。「MC造形」と名付けたこの技術は多方面から評価をいただき、2005年には「日経ものづくり大賞」を受賞することができました。現在、複雑形状に対応できる5軸のものを含む14台のマシニングセンターが稼働しています。
入曽精密ではこの微細精密加工技術で大手企業の最先端研究開発のお手伝いをさせていただいておりますが、守秘義務があるためどのような開発かをここで言えないのが残念です。
マシニングセンターがずらりと並ぶ入曽精密の工場
MC造形による精密加工作品を次々に発表されています。ご紹介ください。
トゲや葉脈の一つ一つまでを削り出した「アルミの薔薇」、世界最小0.3ミリのサイコロ、世界最速のサイコロ、そして最近では、MC造形とリバースエンジニアリングを活用し新薬師寺の収蔵物である「バザラ大将」を再現するプロジェクトを行いました。
なかでも最もMC造形の技術が活かされているのがサイコロです。これについては後ほど詳しくご説明いたします。
左:5軸のマシニングセンターでアルミを削りだした国宝仏像バサラ大将の8分の1モデル
右:3.5キロのアルミから切り出した薔薇は「インドストリアルアート」の傑作として江戸川競艇美術館にも収蔵されている。
SolidWorksを精密部品のモデリングに活用
入曽精密ではSolidWorksをどのように活用していますか。
SolidWorksは98年に導入し、NeoSolid等のCAMソフトとともに精密部品の加工に活用しています。CAMソフトで生成されたNCデータはLANまたはWAN経由でマシニングセンターに転送され、複数台での並列加工が可能なシステムになっています。
SolidWorksを導入した経緯をお聞かせください。
入曽精密は私が入社した20数年前から「削りを極める」ことを目標にしてきました。削りを極めるためには刃物の複雑な動きを制御するソフトウェアが必要で、それも最先端のものを、ということを常に意識してきました。
SolidWorksを導入する1年前には業界に先駆けてサーバー搭載型のマシニングセンターを導入しました。3000万~4000万した機械ですが、インフラを整えてこれらを端末として使えば複数台での同時加工が可能になります。このインフラに載せるデータを3次元化することは必然の流れでした。
しかし98年当時は、まだ3次元CADは一般的ではなく、「あれは使えない」とか「相当優秀な技術者でも、操作を覚えるのに一年半はかかるよ」など否定的な意見のほうが多い状況でした。特にうちでは金型の仕事をしていませんでしたから、「3次元CADがいるんですか」とベンダーにすら言われました。
選定の際には他の3次元CADと比較しましたか。
もちろんです。うちは資金力も人もいない町工場ですから、リスクは犯せません。導入するまでにはCAD製品について1~2年は真剣に調べました。
いろいろ見た中でSolidWorksを選んだのは、操作性が良いこと、作業の奥行きが深いこと、そして将来性があるというカンが働いて決めました。当時SolidWorksのシェアは十何位でしたが、現在はトップシェアだと聞いています。判断は正しかったようです。
1カ月で操作を覚えてモデリングをされたと伺いました。
私の中では機械というのは入れたその日から稼働するのが当たり前で、使えるまで何カ月もかかるというのはあり得ませんでした。当時の入曽精密にとって1000万ほどの投資は大きなもので、使わなくても毎日金利だけはかかってしまいます。もったいないので夜中までがんばって覚えました。
幸い教本が良くできていましたので、1カ月でやり方を全部覚えて、当時取り組んでいたF1マシンのパーツのモデリングを完成させました。あまりに習得が早くて大塚商会の技術の方が驚いていたことを今は懐かしく思い出します。
斎藤社長がSolidWorksで初めて作ったパーツ
世界最小最速のサイコロとは?
MC造形の代表作である「世界最速のサイコロ 完全版」についてご紹介ください。
「世界最速のサイコロ」というのは、実際の速度のことではなく、ジェットエンジンやF1マシンに使われるチタン製であること、当社がそれらにかかわっていたということから、いわばシャレでつけたキャッチフレーズです。しかし、「精度」「正確さ」「公正さ」においては間違いなく世界一のサイコロです。
サイコロは立方体なので一見全ての面が均等なものに見えますが、厳密には六つの面の目の数が違うため表面の重さが偏り、目の出方に偏りが出てしまいます。
その偏りをなくすため、このサイコロは「立方体を六つの四角錐に分ける」という考え方で設計しました。四角錐の重さを全て同じにそろえれば、重心のぶれがなくなり、理論上目の出方は均等になります。さらに、偏りがでがちな目の彫りの部分も均等にするため、完全版(写真の右二つ)では目の深さを極限まで浅くしました。サイコロは大きさは12ミリ角、精密度は99.99999999%で、精密度において世界一です。
顕微鏡でサイコロを見る。指の大きさと比べるとその極小ぶりが分かる(赤丸内がサイコロ)
左:SolidWorkswによるサイコロのモデリング画面。四角錐を合わせてモデリングしてある
右:世界最速のサイコロ。(日立建機広報誌「Tierra(ティエラ)」より転載。撮影/倉部和彦)
設計はSolidWorksで行ったのでしょうか。
はい、このサイコロの設計は全てSolidWorksで行いました。SolidWorksを使うことで簡単に重心を見つけることができます。サイコロの3次元上の中心点から各面への距離の一致度は、設計理論上99.99999999%となっています。
しかし、モデリングの段階で数値を精密なものにするのは簡単ですが、それをその通りに加工することは難しく、設計段階との誤差をどこまで抑えるかに私たちのノウハウがあります。「一本の刃物で削る」ということもその一つです。
なぜ一本の刃物で削るのでしょうか。
2本でやればセッティングの際の誤差でばらつきが出てしまうからです。粗削りの段階では何でもかまいませんが、最後の形状を決めるところは1本の刃物で全て行うのが原則です。MC造形における微細加工はどんなに複雑なものでも全て一本の刃物で行っています。
次に世界最小のサイコロについて教えてください。
このサイコロのサイズは、米粒よりもはるかに小さい0.3mm角です。世界最速のサイコロに続き、こちらもギネスワールドに申請中です。1センチ四方の立方体に2万個の部品をセッティングすることができるこの技術は、医療用のセンサーなどに応用することが可能です。
一辺の長さ | 0.300mm±2μm |
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2から6の一つの目の直径 | 大きさ=Φ0.050mm) |
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角の面取り形状(C面12箇所) | 0.008mm |
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材質 | BsBm 真鍮 |
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重さ | 0.00016グラム(埼玉県産業技術総合センター) |
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加工時間 | 約9時間 |
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最小使用工具 | ボールエンドミル 径φ0.06mm(刃先半径R0.03mm) |
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使用機械 | NV4000DCG 森精機 |
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精密部品のモデリングで大事なこととは
精密部品のモデリングをする上で一番大事なことは何だと思われますか。
モデリングで一番大事なことは、「最終仕上がりをイメージすること」だと私は思います。出来上がった精密部品が検査OKになり、お客様の工場で製品に組み込まれる。そしてその製品の使用現場で日々振動を受けながら部品としての役割を果たし、寿命を全うする。そこまでを想像します。
そのようにイメージすれば、加工の現場のことや素材を機械で削った時にでる残留応力等を最小限にすることなどを考慮に入れたモデリングになってきます。つまり、加工上必要となる補助的な形状を考えて、それを付加したモデリングです。
例えば、平らなものを削るとどうしても反りが出ます。反らないためには一部分にリブを残したモデリングをする。そういう細かいノウハウがうちには1000も2000もあります。
入曽精密の技術が評価を受けているとすれば、これらのノウハウを技術者たちに教えることを徹底し、社内全体で行っているからだと思います。
SolidWorksおよび大塚商会への評価
SolidWorksを評価する点を教えてください。
SolidWorksに関しては以下2点を評価します。
1.教えるのに便利であること
若い技術者に作業のノウハウを教えるのは私の役割です。これまでは絵を描いて教えていましたが、SolidWorksではその手間は要りません。画面を見せながら、こんなふうに作ってこういう治具でやるんだよ、と教えることができます。画面上でくるっと回せば360度の角度でみることが出来るので、教える時にはとても便利です。さらに、重さも質量も分かります。
2.使いやすく作業性がいいこと
アセンブリ機能や配置のコマンドなど、機能が使いやすいところが良いと思います。グラフィックも見やすくなってきていますね。形状を把握しやすいので、構想を練る時などは特に便利です。
SolidWorksのベンダーである大塚商会を評価する点と今後の期待をお聞かせください。
98年の3次元CADの立ち上げ当時の大塚商会の体制は実に見事でした。SolidWorksに詳しい技術者を育てておられて、立ち上げを全力でサポートしてくれました。うちがあんなにすぐに3次元設計の体制が整ったのはそのおかげだと感謝しています。
今はSolidWorksのユーザーも増えて大塚商会はインターネットや電話サポートの充実に力を入れているようです。それも決して悪くはありませんが、顧客対応上の補足的なものとして捉えて欲しい。技術的に難しい相談のときには昔のような担当者とのウェットなやりとりも時々はあってもいいかな、と思います。
大塚商会には、今後も引き続き製造業の情報をいち早くキャッチし、メーカーなどと共同で、良いマシン、良いソフトウェアを提案して欲しいと思っています。私たち製造業の経営者は、売上げアップに直結するものならばすぐに買います。例え1億円のものでも、それによって1億2千万円の売上げが見込めればよいわけですから。
「画面の中でモデルをくるっと回せる。この回せるということが重要です」
今後の展開
今後の展開を教えてください。
研究開発、製造、そして販売までも一貫してやっていこうと思っています。今後は精密部品においてもデザインが大事になってきますから、デザイナーを入れることを検討中です。規模を大きくすることは今は考えておらず、変わらず少数精鋭でやっていくつもりです。
いずれにせよ、「削りを極める」という入曽精密の基本姿勢は変わりません。研究開発を重ねて、今後も世界を驚かすような高い技術の製品を作っていくつもりです。今後ともどうぞよろしくお願いします。